|
|
|
第一回マンハイム・モーツァルト週間
初日の12月3日と4日は、フィッシャーさんが常任指揮者を務めるデンマーク・ラジオ・シンフォニエッタを招待し、モーツァルトの初期のオペラ「ルチオ・シラ」をコンサート形式で上演しました。この作品は1772年12月にイタリアのミラノで初演された後忘れ去られ、1778年に一部のアリアがモーツァルトの恋人、アロイジァ・ウェーヴァーによってマンハイムで歌われた記録がある程度です。フィッシャーさんはコペンハーゲンの定期演奏会ですでに演奏しており、レコーディングも計画されています。この4日の公演はデンマーク放送により生中継されました。 5日には、1997年のダイアナ妃の葬儀でも歌ったイギリスのソプラノ、リン・ドーソンを招いた、フィッシャーさん指揮のマンハイム国立劇場オーケストラのコンサートがありました。プログラムは「フィガロの結婚」からいくつかのアリアと、コンサートアリアで、最後はジュピター交響曲で盛り上げました。 期間中のその他の演目は、オペラ「偽の女庭師」やレクイエムに振り付けをしたバレエ、小さなオペラ「幸運王」など、モーツァルトの知られていない作品にも光を当てた有意義な一週間でした。最終日の「ドン・ジョバンニ」の後には、キャンドルライト・ディナーや劇場前広場での仕掛花火など、音楽以外のアトラクションも充実していました。 コンサート・レポートの先頭に戻る
新シーズンオープニング、「イドメネオ」マンハイム国立劇場は9月末から翌年の7月上旬まで、10ヶ月近いシーズン中に多くの新製作を行います。今シーズンのオープニングは9月28日で、フィッシャーさん指揮のモーツァルト「イドメネオ」の新製作で幕を開けました。これは昨シーズンの「ドン・ジョバンニ」に続く、フィッシャーさんのモーツァルト・シリーズの第二段で、演出も同じマティアス・ショーンフェルトが担当しました。 現代的な演出の多いショーンフェルトですが、今回は物語の設定を古代から中世に移した比較的オーソドックスな演出でした。回り舞台を有効に使い、父の死の知らせを聞いたイダマンテとイドメネオが出会う場面を、親と子の両方の視点から描写するなど工夫が見られました。ショーンフゥェルト&フィッシャーのコンビでよく見られるように、チェンバロやオーケストラのソロ奏者が舞台に上がり、演奏すると共に演劇に一役買うシーンもふんだんに取り入れ、音楽と演技が一体になった公演でした。 キャストはクレタ王イドメネオにステファン・ヴィンケ、息子のイダマンテには今シーズンからマンハイムと契約したアルトのダニエラ・ジンドラム、イリアにはレベッカ・ラングフルスト、エレットラはルドミラ・スレビノーヴァが担当し、皆好評を博していました。 この上演は特に音楽的に評価が高く、ミュンヘンの新聞でその週のベスト公演に選ばれされました。またその評判を受けて、ドイツのテレビ局が収録する計画です。 コンサート・レポートの先頭に戻る
活況のインターナショナル・ハイドンターゲバイロイトほどの歴史はありませんが、インターナショナル・ハイドンターゲも健在です。今年はフィッシャーさんに代わって、オーストリアの若手ピアニスト、シュテファン・ヴァラダーがハイドンフィルを指揮して、ハイドンのオペラ「ラ・カンタレーナ」と「薬剤師」を演奏しました。この二つの作品はどちらも女性二人、男声二人により歌われる小さな作品です。「ラ・カンタレーナ」ではヴァラダー自身がチェンバロを弾きながら指揮する活躍で、オーケストラが中心となる演奏でした。一幕物として演奏された「薬剤師」は、台本は残っているものの、音楽の一部は失われています。今回の製作では、その部分で公演が停止し、舞台が混乱している所に、ハイドン自身が登場して事情を説明するという、ちょっとびっくりする演出もありました。コミックのようなシンプルな舞台装置を使い、出演者の動きはよく考えられた公演でしたが、激しい動作のため、歌手の音程が不安定になるなど、音楽的には問題もありました。 フィッシャーさんが登場したオラトリオ「四季」は、今年が初演から200年ですが、今回の演奏は記念の年に相応しい素晴らしい演奏となりました。合唱は昨年四月に共演したウイーン・ジングアカデミーで、コーネリア・ホーラク、ヨハネス・クム、ロベルト・ホルのハイドンターゲ常連がソロを担当しました。特に表情豊かに農夫シモンを歌ったホルの歌唱力は素晴らしいものがありました。フィッシャーさんはいつものとおり、場面に合わせてホルンやトランペットをバルコニーの上に配置し、演奏を盛り上げました。ハイドンフィルも十分に反応し、客席ステージ一体となった公演でした。 アンコールの先立ち、フィッシャーさんが音楽祭を代表して、テロ事件の犠牲者に対する哀悼と聴衆への感謝を述べ、恒例の告別交響曲のアダージョで今年の音楽祭の幕を閉じました。 コンサート・レポートの先頭に戻る
バイロイトの英雄、大成功のデビュー公演
筆者が聴いたのは第三サイクルでしたが、「ラインの黄金」の序奏から表情豊かに始まったフィッシャーさんの「指輪」は、アンサンブルのバランスも良く、巨人のモチーフなど力強いフォルテッシモで圧倒するかと思うと、時には美しいピアノの歌声で聴衆をはっとさせました。自由自在にテンポを変え、合計15時間以上の大作も決してコントロールを失うことのない、素晴らしい演奏でした。「神々の黄昏」の終幕では、炎を吹きながらギービヒの館が地下に沈み、それを見守った人々がワルハラの炎上に吸い寄せられるように消えていく劇的な演出と共に、フィッシャーさんの描写力に溢れた演奏はとても感動的で、幕が下りてもしばらく身動きができないほどでした。その後の大喝采は20分以上続き、フィッシャーさんが登場すると、ブラボーや足踏みが一際大きくなりました。 歌手陣では、ロバート・ディーン・スミスとヴィオレッタ・ウルマナのウェルズング・ペアを始め、ブリュンヒルデのルアナ・デヴォル、ハーゲンのジョン・トムリンソン、アルベリヒのギュンター・フォン・カンネン、歌のみならず演技も素晴らしいミーメとローゲのグラハム・クラークなどが喝采を集めていました。 ユルゲン・フリムの演出に関しては賛否両論あるものの、音楽、特にフィッシャーさんの指揮に対しては、聴衆評論家を問わず大好評でした。ドイツの高級紙フランクフルト・アルジームは、「オーケストラの序奏が的確に場面を表現していて、どんな舞台セットよりも有効だ。」というコメントも含め、記事の冒頭の数段落でフィッシャーさんの指揮を分析し、称賛しました。ミュンヘンのズートドイチュ・ツァイトゥングが批評のみならず、フィッシャーさんの経歴を詳細な記事にするかと思うと、地元バイロイトの新聞は、「ラインの黄金」が終わった段階で、すでに「フェノミナル、コンダクター」という言葉を用いて誉め称えました。さらに、第一サイクルが終わった後には、ドイツの週間新聞「ディ・ヴォッヘ」が、「バイロイトの英雄」というタイトルで、冒頭の特別記事としてフィッシャーさんのインタビューを掲載するなど、世界中の新聞雑誌で、過去に例のないほどの称賛の嵐でした。 フィッシャーさんは2004年まで、毎年バイロイトで「指輪」を指揮しますが、来年以降もさらに充実した演奏が期待できそうです。チケット難でバイロイトに行けない場合は、今シーズン、マンハイムでも11月と7月にそれぞれ1サイクルずつ企画させています。こちらも是非どうぞ。 コンサート・レポートの先頭に戻る
第一回マンハイム音楽学校ファイナルコンサート過去のバラートムでご紹介したように、フィッシャーさん始めマンハイム国立劇場が主催した、十八世紀の音楽奏法を中心とした若い人向けの夏季セミナー、マンハイム音楽学校が開催されました。今年はその第一回目で、18カ国から合計60人以上の学生が参加し、室内楽やオーケストラ・コンサートを通じて、貴重な体験をしました。バイロイトのリハーサルで忙しいフィッシャーさんも、座談会と7月26日の最終コンサートの指揮で学生達と交流しました。 バイロイトの関係で26日に変更された最終コンサートは、マンハイムの作曲家カンナビッチの「二つのオーケストラのための交響曲」でスタートしました。この作品は一時期失われていましたが、最近発見され、200年ぶりの演奏となりました。二つのオーケストラに分かれた学生達が別々に登場し、演奏中も左右の掛け合いをみせるなど、とても楽しい作品でした。その後、プログラムは学生がソロを務めたモーツァルトのセレナーデやエリザベス・ロイターの歌うアリアと続き、最後はジュピター交響曲でフィナーレを飾りました。勿論学生オーケストラで、技術的にはまだまたの部分がありますが、皆一生懸命演奏しました。地元の聴衆も暖かい拍手で応え、おなじみのフィガロの結婚序曲でサマースクールを終了しました。 マンハイムではこの音楽学校を新しい伝統として位置付け、毎年7月中旬に開催する予定です。来年の参加の案内などはファンクラブでもお伝えする予定です。 コンサート・レポートの先頭に戻る
現代的な「ドン・ジョバンニ」新製作
序曲の途中に幕が開くと、オッタビオがシャワーを浴びるシーンで始まる、斬新な演出でした。右側に2階建ての構造物があり、そこから舞台の奥を通ってオーケストラピット左側まで、階段と通路が設定されていました。ソリストはもちろん、黒いシャツとズボンに身をつつんだオーケストラのメンバーや、合唱団もこの通路を通って舞台に上がり、演出の一役を担うなど、舞台、ピット一体になった公演でした。最も効果的なアイディアは、通常は考慮されない翻訳をあえて舞台上の構築物に映し出し、演出に取り込んだことです。単なるドイツ語訳だけではなく、有名なレポレロのカタログアリアでは、歌にあわせて数字やグラフを表示し、観客の大爆笑を誘いました。 効果的な演出も多い代りに、アイディア倒れの演出もありました。場面転換のときに、ジョギング・ウェアを着た複数の女性が突然現れ、構築物の二階から降ってくる道具を時間を競いながらセットするなど、物語とは全く関係無く、意味が不明でした。また、ドン・ジョバンニとレポレロが2階で話しているシーンで、舞台の後方でマゼットが動き回っていたり、騎士長の亡霊が現れた時、レポレロは怯えることなく別室で食事の準備をしているなど、難解な演出があったのも事実です。その結果、伝統的な演出を期待した初日の聴衆はショーンフェルトに対してブーイングで応えましたが、次第に好評を博し、最終公演のチケットも売切れてしまうほどの人気でした。 歌手陣の中ではオッタビオを歌ったクリストフ・ストレールは伸びのあるテノールで、聴衆を魅了しました。それに対し、レポレロのペテニス・エジリティスは歌のみならず、コミカルな演技で盛り上げました。 フィッシャーさん指揮のマンハイム国立劇場オーケストラは、単なる伴奏だけでなく、出演者としても活躍しました。時にはソロチェリストが舞台に上がり、難しいソロを奏でるなど、舞台後方のアンサンブルと、ピット内のメンバーの同期をとるの難しい場面もありましたが、フィッシャーさんの好指揮により、見事に演奏しました。 フィッシャーさんの来シーズンのマンハイムでの新製作は、ショーンフェルト演出によるモーツァルトの「イドメネオ」と、ハンガリーの有名な映画監督イシュトバーン・サボーの演出によるゴールドマルクの「シバの女王」が予定されています。 コンサート・レポートの先頭に戻る
ハイドンフィルハーモニー、ザルツブルグ・モーツァルト週間公演オーストリア西部の都市ザルツブルグは、夏の音楽祭で知られていますが、モーツァルトの誕生日を記念して、毎年1月末に行われるモーツァルト週間も、芸術的に高い評価を受けています。例年ウイーンフィルなどの有名団体が出演し、モーツァルトの作品を演奏しますが、フィッシャーさんとハイドンフィルも今回初めて招待されました。 ハイドンフィルのコンサートは1月31日のマチネー公演で、ザルツブルグのモーツァルテウム大ホールで行われました。オープニングはモーツァルトの交響曲第40番です。フィッシャーさんはこの作品をハリウッドボウルをはじめ数多く演奏しており、デンマーク・ラジオ・シンフォニエッタと共に録音もしています。今回は気心の知れた手勢ハイドンフィルとの共演で、フィッシャーさん独特の解釈を堪能させてくれました。通常の演奏にくらべて、第二ヴァイオリンやビオラなどの内声部のアクセントを強調した演奏は、画期的で新鮮な印象でした。 2曲目のモーツァルトのフルートとハープによる協奏曲は、ウイーンフィルのフルートの名手ヴォルフガング・シュルツと日本の若手人気ハープ奏者、吉野直子がソロを務めました。素晴らしいテクニックと音楽性を発揮するソリストを盛り立て、ハイドンフィルは息の合った伴奏を繰り広げました。 休憩の後のメインプログラムはハイドンの交響曲第88番です。この曲はフィッシャーさんとハイドンフィルのお得意の作品で過去にも数多く演奏しています。フィッシャーさん自身も個人的に思い入れのある作品で、独特の工夫に満ちた演奏でした。例えば、第四楽章では通常にピチカートに代えて、弓の木の部分で弦をたたく手法を取り入れるなど、ハイドンを知り尽くしたフィッシャーさんならではの解釈で、通常のイメージを覆す、爽やかで楽しい演奏でした。耳の肥えた地元聴衆の大喝采に応え、ハイドンフィルはアンコールの定番、ハイドンの「報いられた真心」序曲とモーツァルトの「フィガロの結婚」序曲を演奏し、大好評のコンサートの幕を閉じました。 この演奏会は、オーストリア・ラジオ放送により録音され、ヨーロッパに放送されました。日本でもNHK−FMと、有料デジタル放送クラシック7で放送されました。また、関係者にも好評で、ハイドンフィルのモーツァルト週間再登場も決定しました。 同様のコンサートは1月28日にアイゼンシュタットとブダペストでも行われ、好評を博しました。29日には、フィッシャーさん自身がハイドンのピアノ協奏曲のソリストを務め、ピアニストとしても活躍しました。ザルツブルグ公演の夜には、チューリッヒに飛び、チェチリア・バルトリの「チェネレントラ」を指揮するなど、相変わらずフィッシャーさんは大忙しでした。
|
|
Content © 1996 -
2009 Adam Fischer & Haydn Orchestra Fan Club
|